私がとらわれていたこと

 先日、子どもの通院先で息子の幼稚園の友達と、ママに遭遇した。

子ども同士が同級生だけれども、同じクラスになったことがなく、あまり関わりがない。

そのため、お互い「顔は知っている」程度。

そんなママと突然、10分程度話すことになった。

 そこで気づいた私の感情。そんなお話。

ビックリと嬉しさと不安と、とにかくいっぱいいっぱい

 病院の待合室で、少し離れた所に座っていたが、あちらのママが私たちに気づき

わざわざこちらまで来てくれてた。

私、こんなところで人に会うと思っていたなかったのでちょっとビックリ。

あちらのママはとてもお綺麗で、発言も丁寧で、だけれどもフランクさもあり、

とても素敵な人。

そんな人と、ほぼ初めてというくらいがっつりお話をする。

話す内容なんていくらでもある。

最後まで話が弾む。なんて楽しいんだろう。めちゃめちゃ嬉しい。

子ども同士も、楽しそうにしている。

最後、お互い笑顔でバイバイ。

帰りの自転車、息子にも

「今日は○○くんと会えたね。お母さんも○○くんのママとお話できてとっても嬉しかった!」

なんてルンルンで帰った私。

 しかし待っていたいつもの私。

「あの会話、大丈夫だったかな」

「私、変なやつって思われていないかな」

という、いつも通りの一人反省会。

そして、なんだろう・・・

楽しかったし、嬉しかったけれども、この疲労感・・・。

誰かと話した後に、よく出現する、この疲労感・・・。

一つ一つ整理してでてきた「ちゃんとお話しないと」という気持ち

 何か疲れたり、感情が揺さぶられたりした時に、私はいつも感情の整理をする。

私の中で何が起きて、何を感じたのか。

 今回の私は、まず「想定していない場面で人と会った」ということ。

それで心と体はビックリ。多分心の中で

《うわっ会っちゃった》と思った。

決して嫌なわけではない。でもそう思った私。そして《会っちゃった》と思った私に

《そんなこと思っちゃダメ!》と注意している私。

そうそう。《普通、こんなことでビックリしないんだから、そんなこと思うのは変だよ!》

と《うわっ会っちゃった》に対して説教している私がいる。

そして、もう一つ

《ちゃんと話できるかな・・・》と思っている私。

私が、ちゃんとお話できるかをとても気にしている。

 上記の感情を確認して、自分の身体に伝えたところ、一つぽんと湧き出てきた。

それは、「ママ友の前では、めっちゃ頑張っている私がいる」ということ。

そうだ、私《ママ友とはちゃんと会話をしなければいけない》ということに

囚われているんだ。

 だから、心の準備ができていない時に会えばビックリしてしまうし、

《会っちゃった》と思ってしまうし、瞬時に《ちゃんと会話ができるかな》と

不安になってしまうんだ。

 他のママたちも、同じような思いをもしかしたら持っているかもしれない。

けれども、私の場合、《ちゃんと!話を!するのだ!》という強い信念を持ちすぎて

その場面が通り過ぎると、反省会と疲労感で心と身体がいっぱいになるんだ。

そんなことに気がつくと、

《めっちゃ頑張ってる私がいるやん(笑)》

と、もはやちょっと笑っちゃう自分もいる。

ああ、人より気合いが入りすぎている私。

もうちょっと肩の力を抜いてくれればいいのに思う気持ちと、

《これも私だ》と、少しだけ受け入れられた、

そんな一日。

コメント

タイトルとURLをコピーしました