今週、久々に寝込んでしまった。
「動きすぎて身体が疲れた」とか「風邪を引いた」とかではなく、完全に
「心が疲弊した」ため、寝込んでしまった。
心が疲弊した原因はほんと些細なこと。
多分、他の人はそんなことで心が疲弊しないと思う。
日常生活のほんの一部の出来事。
その日常生活で、私は一人で刺激を受けて、感情が揺れ動いて、一人反省会に入り、
負のループに陥り、そのタイミングでまた次の刺激が入り感情が揺れ動いて・・・
を、繰り返してしまった。
結果、寝込む。
原因については、まだまだ心の整理ができていないから文字で表現できないけど、
寝込んだことで思ったこと、
《ああ・・・昔、よく寝込んでたな~~~》
ということ。
昔は本当によく寝込んでいた。
自分が「今、心が疲弊して寝込んでいる」ということを全く理解出来ていなかったため、
ただただ寝ていたという状態。
私の場合、学生時代によくあったかな。
学校から帰ってきて、なぜか分からないけど、部屋で一人になった瞬間、身体が動かなくなって
そのままベッドに倒れ込む。
その時の自分は「自分自身の中に不安がある」ことも理解できておらず、
なぜか分からないけど、「毎日が必死」な状態で生きていた。
友達もいる、別にいじめられているわけでもない、でもなぜか常に不安があって、
家から一歩外に出ると、「外面の私」を身につけて、全力で気を張って過ごしていた。
でも、当時の私はそんなこと分かってないから、家に帰ると一気に力が抜けて
何も考えられなくなって、一瞬で意識を失って寝ていた。
当時から不安や緊張などを抱えて過ごしていたんだと思うけど、その事を、私自身見たくない、
認めたくなかったから、とにかく必死に生きてきた。
社会人になり、実は私は「極度の怖がり」で「常に緊張している状態」で
「常にいろんなことに敏感に反応してしまう」ことに気がついた。
そして、そんな自分を少しだけ認められるようにもなった。
それは、社会人時代に出会った上司、先輩、同僚のおかげだったと思う。
そこから、少しずつ寝込むことも少なくなった。
多少は寝込むことはあったけど、回数は劇的に減っていた。
また、スーパーポジティブマンの夫との出会いや、HSPやHSS型HSPという
言葉を知って、どんどん自分が変わっていき、寝込むなんてことはなかった。
しかし今週は違った。
子どもたちと家に帰った瞬間、手を洗うことも出来ず、ビーズクッションに倒れ込み、
そのまま3時間、意識を失った。
その間、夫が全ての家事育児をしていた。
夫も、私のこんな姿初めてみたようでビックリしていたけど、私自身もビックリ。
本当に何もできなかった。
3時間意識を失ってやっと《ああ・・・心が疲弊していたんだな》と理解する。
ほんと、刺激となった出来事はほんの些細なこと。
夫にも「考えすぎだと思う」と言われる始末。
そんなんだよな~。
ほんと、些細なこと。気にしすぎなだけ。ただそれだけ。
そんなことは分かっているし、そんなこと気にする必要もないことも頭では分かっている。
ただそこに、自分の心がついていかないだけ。
そして、止められないくらいに一人反省会をしてしまって、負のループに陥っただけ。
私には、私を守ってくれる夫がいて、愛する子どももいる。
そんな恵まれている人間なのであれば、そんな自分の絶対的な見方がいるんだったら、
なおさらそんな些細なこと、小さいことで悩む必要なんてない。
むしろ、そんな風に思えない私は贅沢な人間だし、恥ずかしい人間だとも思ってしまう。
でも、これが事実。
やっぱり疲弊するんだよな~。
他の人が簡単にできてしまうことが、自分にはできない。難しい。
そのことを認めることは辛いけれども、寝込むということはそうゆうこと。
これも自分なのだ。
仕方ないのだ。
そんな自分と向き合い、格闘した、今週。
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