以前、寝込むくらい激しく感情が揺れ動いたことがあった。
その結果、私が思ったことがある。それは、
《私は、努力しても周りから嫌われる人間だと思っているんだ》
ということ。
実際はどうかは分からないが、自分ではそう思っている。
そんなことに気がついた。
その時、ふと昔の私を思い出した。
具体的な場面はないけれども、恐らく小学4年生くらいの私。
その時の私は、学校生活や、友人関係に必死にくらいついているけれども、
《ここに自分の居場所はない》という思いを抱えて過ごしている。
話をする友人はいる。その当時はいじめられていたわけでもない。
それなのに、なぜか自分はひとりぼっちで、誰からも必要とされていないような感覚があった。
当時の私の学校では、女子はハッキリとグループができていた。
それはどの学校でも、いつの時代でも同じなのかな??
私もあるグループにいた。
けれども、そのグループでもなぜか浮いていたような気がする。
別に無視されているわけではないし、一緒に遊んだりもしていたはず。
それなのに、自分だけが感じる《私はこのグループに必要ない人間だ》という感覚。
それが自分自身の焦りに繋がってしまい、グループの友達に対して
ついつい厳しい言葉で話してしまったり、ワガママを言ったりしていた。
しかし、それが良い方向に行くことなんて当然なくて、結局また《居場所がない》
という思いを抱えていた。
今考えると、周りの友達は私を扱うのが大変だったと思うし、仲良くしたく
なかったのかもしれない。
しかし、それは当たり前だと思う。それを理解できずに私は必死にそのお友達に
しがみついて、噛みついて、自分の存在を示していたんだと思う。
今考えると「そんなことするくらいなら、諦めたり相手に合わせて行動すればいいのに」
と、少し苦笑いしちゃう。
でも、当時の私それができなかった。
いつだって友人関係、もっというと、様々な人がいる環境である「学校」という所で
いつも必死で、無駄な努力をしていたんだと思う。
当時のお友達は私の相手は大変だったろうな~~~
なんて、思いながらも、
《あの当時は必死だったんだね》とも思う。
必死なのに、うまく友人関係が築けなくて、それがどんどん自分の自信を失うことになり、
大人になった今では《私はどんだけ努力しても周りから嫌われる人間だ》と、
自分に言い聞かせている。
私を一番近くで見ている夫は「そんな嫌われる行動なんて取ってないから大丈夫だと思うよ」
とも言われるけれども、自分では《私は嫌われてしまう人間だ》と確信している(笑)
昔の私が感じたことが、そのままアラフォーになっても引きずっている私。
なんて、めんどくさい人間なんだ!
なんて思うけど、それも私。
更に更に夫から、至極まっとうなご意見を頂く。
「努力しても嫌われる時は嫌われるんだよ。だからたとえ嫌われてたとしても
気にしなかったらいいだけの話だよ」
分かっとるそんなこと!!!!!!!!
それができないのが私なんだよ!!!!!
と、上記のようにビックリマークいっぱいつけて夫に言い返す。
すると「そうだよね~。ナットゥーはできないよね~そんなこと」
と、笑ってる夫。
そうやって、笑って受け止めてくれる夫がいることで、私も少し自分を許すことができる。
そうだ。
世の中で、当たり前に言われている考えが、自分では考えられないのが私。
昔の辛い出来事を、いつまでも引きずっているのも私。
とりあえず今回は、《自分は努力しても嫌われる人間なんだ》と思っていることを
ハッキリ気づけたことは良いこととしよう。
そんなこと、思ったいつかの日。
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